
豊臣秀吉が1588年に出した刀狩令。百姓から取り上げた刀や脇差を、何に使うと説明したでしょう?
大仏の釘
京都・方広寺の大仏を建てるため

実は来世まで百姓が助かる、とまで書かれていた
解説
刀狩は、1588年(天正16年)7月に豊臣秀吉が出した命令です。百姓が刀や脇差、弓、槍、鉄砲などの武具を持つことを禁じ、取り上げて差し出させました。
布告は3か条。第1条では、武具があると年貢を渋ったり一揆を企てたりするから、と理由を述べています。第2条では、集めた刀は無駄にせず、京都で建てる大仏の釘やかすがいにする、そうすれば今の世はもちろん来世まで百姓が助かる、と説きました。
ただ当時から、本当のねらいは一揆を止めることだ、という世間のうわさもありました。刀狩の目的をどう見るかは、研究者の間でも分かれています。大仏殿は1595年ごろにほぼ完成しましたが、翌1596年の大地震で、大仏は大きく壊れてしまいました。
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