
1333年、鎌倉に攻め込んで幕府を滅ぼした武将は誰でしょう?
新田義貞
群馬から攻め下り、鎌倉を落とした武将

実は尊氏は同じころ、京都の六波羅探題へ。
解説
1333年(元弘3年)5月、鎌倉へ攻め込んで幕府を滅ぼしたのは新田義貞です。上野国(今の群馬県)で挙兵し、南下しながら味方を増やして、巨福呂坂・極楽寺坂・化粧坂の三方から鎌倉へ攻め入りました。5月22日、14代執権の北条高時らは東勝寺で自害し、約150年続いた幕府は終わります。
足利尊氏と混同されやすいのは、同じ月に尊氏も倒幕側で戦っていたからです。ただし舞台は京都でした。丹波で幕府に反旗をひるがえし、5月7日に六波羅探題を攻め落としています。東と西で、ほぼ同時に崩れたわけです。
しかも当時の彼の名はまだ「高氏」。「尊氏」を名乗るのは倒幕のあと、後醍醐天皇の諱「尊治」から一字を賜ってからのことでした。
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