
伊達政宗が右目の光を失った原因は何でしょう?
天然痘
当時の呼び名は疱瘡(ほうそう)

実は遺言で、伊達家の肖像画は両目で描かれた
解説
「独眼竜」と呼ばれた伊達政宗。右目の視力を失ったのは、まだ梵天丸と名乗っていた幼いころのことです。原因は疱瘡、つまり天然痘でした。仙台市博物館も、政宗の生い立ちを紹介するなかでそう記しています。
眼帯姿のイメージから戦の傷と思われがちですが、元服して政宗と名乗る11歳より前の出来事でした。
のちに政宗は、親から授かった体の一部を欠いたのは親不孝だと考え、肖像画には両目を描くよう遺言したと伝わります。仙台市博物館が所蔵する狩野安信筆「伊達政宗画像」(1676年ごろ)も、その言葉どおり両目のそろった姿で描かれています。
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